付き合って、季節がひとつ巡った。
僕はもう30代だ。そして、もう、迷いはなかった。この人と、家族になりたい。
怖がりの僕にとって、プロポーズは、植毛の手術台より、告白より、人生でいちばん大きな勇気が要ることだった。
何度もシミュレーションして、言葉を考えて、結局、当日は半分くらい飛んだ。
それでも、僕は言った。「これからの人生、隠しごとなしで、ナデシコさんと一緒に歩きたい。結婚してください」。
声は、また情けなく震えていた。でも、言葉は、震えていなかった。
ナデシコさんは、少し目を潤ませて——でも、最後はやっぱり、いつもの調子で、ぴしっと敬礼して言った。
「謹んで、お受けいたします!」
僕たちは、笑った。泣きながら、笑った。
あの給湯室で揶揄われて、逃げ出した日の自分に、教えてやりたかった。お前、このあと、こんな日が来るぞ、と。