新職場への初出社の朝、目が覚めたのは5時半だった。

アラームは7時にセットしていた。眠れなかったわけじゃない。ただ、目が覚めてしまった。

シャワーを浴び、丁寧に髭を剃り、カツラを装着した。鏡の前で15分くらいかけて確認した。生え際の位置、左右のバランス、サイドのなじみ。全部、問題なかった。

いつもより30分早く家を出た。

電車の中で、窓ガラスに自分の顔が映るたびに確認した。おかしくないか、ずれていないか。何度も確認した。

新しい職場の最寄り駅に着いて、改札を出た。

初対面の人たちが待っている。この人たちは、僕の「以前」を知らない。カツラをしているとも知らない。今日この瞬間の僕が、この職場での「はじめての僕」だ。

深呼吸して、会社のビルに入った。

受付で名前を告げ、人事の担当者に案内された。フロアに入ると、新しい同僚たちが顔を上げた。

「よろしくお願いします」と挨拶した。

誰も、僕の頭を特別な目で見ていなかった。

当たり前だ。でも、その「当たり前」が、僕には特別だった。

昼休み、一人でトイレの鏡を確認した。ずれていなかった。

午後も、特に何もなかった。仕事の説明を受けて、書類を書いて、新しいパソコンのセットアップをして、定時に退社した。

帰り道、夕焼けの中を歩きながら思った。

来た。ここまで来た。