数ヶ月かけて、植えた毛は、ちゃんと生えそろった。
鏡の前に立つ。そこにいるのは、カツラを乗せた自分ではなく、地毛の自分だった。少し信じられない気持ちで、何度も角度を変えて見た。
そして、決めた。明日は、カツラなしで出社しよう。
当日の朝は、緊張で胃が痛かった。何年も、頭を隠して生きてきたんだ。それを、何もつけずに人前に出る。怖くないわけがない。
でも、出社してみたら——拍子抜けするほど、何も起きなかった。
誰も、じろじろ見たりしない。「あれ、髪型変えた?」と軽く言われたくらいだ。考えてみれば当然だった。他人は、僕の頭のことなんて、僕が思っているほど見ていない。あの占い師さんの言葉を、また思い出した。
カツラを外して鏡の前で情けない気持ちになった、あの夜。あそこから、ずいぶん遠くまで来た。
昼休み、ナデシコさんが、僕の顔を見て、少し首をかしげてから言った。「丸さん、なんか……最近、いい感じですね。うまく言えないけど、雰囲気が」。
どきっとした。気づかれたのか、と一瞬身構えた。でも、彼女は嫌な詮索をする人じゃない。にこっと笑って、それ以上は何も言わなかった。
「いい感じ」。その一言を、僕は帰り道、何度も反芻した。地毛を取り戻して、僕が一番ほしかったのは、たぶん、彼女からのその一言だったんだと思う。