その日が来た。仕事帰り、また二人で歩いていたとき、僕は立ち止まって「ちょっと、聞いてほしいことがあるんです」と切り出した。
心臓が、これ以上ないくらい鳴っていた。でも、ここで逃げたら、僕はまた一生、隠して生きることになる。それだけは、嫌だった。
僕は、全部話した。
20代の終わりから薄毛に悩み始めたこと。育毛シャンプーを試して、効かなくて落ち込んだこと。AGAクリニックに通ったこと。アートネイチャーの増毛も試したこと。職場でそれを揶揄われて、逃げるように転職して、引っ越したこと。
カツラをかぶって、新しい人生を始めたこと。そして——あなたに会って、どうしても地毛が欲しくなって、自毛植毛をしたこと。
「今のこの髪は、植えた毛なんです」と言ったとき、僕の声は、情けないくらい震えていた。
言い終えて、僕はうつむいた。引かれるか、笑われるか、気まずくなるか。最悪の反応ばかりが、頭をよぎった。
ナデシコさんは、しばらく、黙っていた。
その沈黙が、永遠に感じられた。